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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1093号 判決

原告 明石亥佐雄

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 藤原精吾

右同 前哲夫

右同 佐伯雄三

被告 株式会社 神戸製鋼所

右代表者代表取締役 高橋孝吉

右訴訟代理人弁護士 山田忠文

右同 山田長伸

主文

一  原告らの請求を、いずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告明石亥佐雄に対し、金二、〇四四万円および内金一、八九四万円に対する昭和五四年一〇月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告明石輝子に対し、金三〇〇万円およびこれに対する昭和五四年一〇月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者の関係)

被告株式会社神戸製鋼所(以下、被告会社という。)は全国に約二〇の工場と従業員約三万人を擁し、各種鉄製品一般、機械、エンジニアリングの製造を目的とする会社であるところ、原告明石亥佐雄(以下、原告亥佐雄という。)は、大正一二年一二月一六日生まれの男子で、被告会社の神戸製鉄所工作課第三工事係、第六仕上修理組、第二仕上修理班に勤務し、昭和四六年六月一〇日当時、右第二仕上修理班の班長職にあって、社員一二級に格付けされていたが、昭和五四年三月末に定年退職した者であり、原告明石輝子(以下、原告輝子という。)は、原告亥佐雄の妻である。

2  (本件労働災害の発生)

原告亥佐雄は、昭和四六年六月一〇日、被告会社神戸製鉄所脇浜鋼片加工工場(以下、本件工場という。)において、鋼材研磨機(ビレットグラインダー八号機)の修理作業(以下、本件修理作業という。)に従事していたところ、同日午後二時三〇分ころ、右ビレットグラインダー左右動油圧シリンダーの取替作業のため、社外工である川畑正寿とともに摺動台の上に摺動盤を乗せ、摺動台の油圧シリンダーと上部摺動盤の穴を合わせるため、原告亥佐雄において、ホイストを操作して摺動盤を吊り上げるべく、装入ローラーテーブルチェンカバーの上でホイストを操作し、吊り上げワイヤーの位置を確認するため移動中、たまたま、ホイスト操作のための臨時の作業床となっていたチェンカバー用鉄板の溶接が振動のためはずれ、取付ボルトのうち一本は振動で抜け落ち、もう一本は振動によりゆるんでいたため、右チェンカバー用鉄板が傾き、原告亥佐雄の体のバランスが失なわれ、転倒して鉄板の角で尿道部を打ち、さらにその右下のレールの上に落ちて肛門の周囲を強打してその場に倒れたことにより、外傷性尿道損傷の傷害を被り、今後終生尿道の圧迫、不快感と年に数回の手術を耐えなければならなくなった。

3  (被告会社の責任)

(一) 使用者は労働契約上、労働者が就業によって生命、身体、健康に危害を被ることのないよう万全の配慮をなすべき義務を負うものであるが、原告亥佐雄が前項記載の修理作業に従事するにあたり、前記作業のための臨時の作業床となったチェンカバーが固定されず、不安定なままの状態であったのであるから、そのような場所で従業員に修理作業をさせる被告会社としては、右安全配慮義務の具体的内容として、

(1) 前記チェンカバーが固定されず、不安定なままの状態で従業員に作業を命じてはならない義務

(2) 作業場の床面について、つまずき、すべり等の危険のないものとし、かつ、これを安全な状態に保持しなければならず、そのためには日常機械装置全体の点検修理に従事している鋼片加工保全班の要員に不足をきたさないようにして日常生起するチェンカバーの取付ボルトのゆるみや溶接のはずれを事前に発見し見落さないようにする義務

(3) 本件修理作業を原告亥佐雄に命ずるにあたって、チェンカバーの点検、修理を原告亥佐雄の作業として指示するべき義務

(4) 本件修理作業を原告亥佐雄に命ずるにあたって、作業場の安全の確認に要する時間の確保、安全の確認をするために要する人員の配置、機械の上に乗ったりせず、安全な作業用足場を設置したりするなどの作業方法の選択の余地など、原告亥佐雄が足場の安全の確認を果すための具体的権限や条件を原告亥佐雄に与える義務

の各義務があったといわなければならない(労働基準法第一条、第三条、第四二条、労働安全衛生法第三条、第二〇ないし第二五条、労働安全衛生規則第五四四条参照)。

(二) しかるに被告会社は、右各義務を履行せず、チェンカバー用鉄板を固定する溶接がはずれ、取付ボルトも振動のため抜け落ちたり、ゆるんだりしている不安定な状態であるのにかかわらず漫然と原告亥佐雄に作業を命じたため、本件労働災害が発生したものであるから、被告会社は、原告亥佐雄に対し安全配慮義務を履行しなかったものとして、債務不履行にもとづき、後記損害を賠償する義務がある。

(三) 被告会社は、前記業務上の注意義務に違反して原告亥佐雄に本件労働災害を生ぜしめたものであり、これによって、原告輝子に対し、夫の負傷による看病、降格、収入の低下などがひきおこす妻としての心労はもとより、夫の性的機能が損傷されたことにより多大な精神的苦痛を被らしめたものであるから、原告輝子に対し、主位的に不法行為責任にもとづく損害賠償義務を、予備的に原告亥佐雄について述べたと同一の債務不履行による損害賠償義務を負うものである。

4  損害

(一) 原告亥佐雄

(1) 逸失利益

(ア) 在職中の逸失利益 金一七四万円

原告亥佐雄は、本件労働災害による休業を理由に昭和四七年一月班長職を解任され社員としての格付けも七級に降格したが、右班長職の解任、降格により月額金二万円の班長手当が支払われなくなったから、右解任時から昭和五四年三月末の退職時までの七年三か月間の逸失利益は合計金一七四万円である。

(イ) 労働能力低下による定年後の逸失利益           金九九〇万円

原告亥佐雄の本件労働災害の受傷による後遺障害は、労災保険法別表の障害等級表九級に該当するから、満五六歳の男子の平均月収金二七万四、六〇〇円を基準として、労働能力喪失率を三五パーセント、就労可能年数を満六七歳までの一一年間として停年後の逸失利益を計算すると金九九〇万円〔274,600円×12×0.35×8.59(新ホフマン係数)=9,907,018〕となる。

(2) 慰謝料      金七〇〇万円

原告亥佐雄は、本件労働災害による受傷のため昭和四六年六月一〇日より同年七月一七日まで神鋼病院に入院、同月一八日より同年九月三〇日まで通院、同年一〇月四日より同月一八日まで再入院、昭和四八年六月ころまで通院、昭和四八年七月二日より昭和五四年六月まで神戸労災病院に通院、同月二一日より福田医院に通院して治療を受け、現在に至っているものであるが、右入通院における手術の際の苦痛、その後常時ある傷害部位の不快感、疼痛、生殖器の機能障害とこれによる精神的苦痛を考慮するならば、右苦痛に対する慰謝料額は金七〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用    金一八〇万円

原告亥佐雄は、原告ら代理人弁護士に対し、本訴提起にあたり、着手金として金三〇万円を支払い、また、成功報酬として金一五〇万円を下回らない額の支払いを約した。

(二) 原告輝子

慰謝料         金三〇〇万円

夫たる原告亥佐雄の負傷による看病、夫の降格、収入の低下などが惹き起す妻としての心労、夫の性的機能損傷による精神的苦痛を考慮するならば、右苦痛に対する慰謝料額は、金三〇〇万円が相当である。

5  結論

よって、原告亥佐雄は被告会社に対し、債務不履行にもとづき金二、〇四四万円および内金一、八九四万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一〇月二〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告輝子は被告会社に対し、主位的に不法行為、予備的に債務不履行にもとづき金三〇〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一〇月二〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告亥佐雄が昭和四六年六月一〇日、被告会社の本件工場において、鋼材研磨機(ビレットグラインダー)の本件修理作業に従事していたこと、同日午後二時三〇分ころ、原告亥佐雄が鉄板の角で尿道部を打ち、外傷性尿道損傷を受けたこと、本件修理作業はビレットグラインダー八号機の左右動油圧シリンダー取替作業であること、原告亥佐雄が本件修理作業に従事中、摺動台の油圧シリンダーと摺動盤の穴を合わせるため、ホイストを操作していたことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は争う。

原告亥佐雄は、当時、被告会社工作課第三工事係第六仕上修理組第二仕上修理班班長の職にあって、担当作業については、その作業管理業務として、「作業内容の下検分」「作業方法の要点の指示、指導」「作業上の安全面の指示、指導と確認」等を職務内容としていたのであるから、本件修理作業の開始前には、作業場、設備、機械をひととおり確認する、いわゆる下検分をすべきであり、その際、あるいは必要に応じて随時、作業場とその周辺の足場等の安全の確認を行なうことを当然の職務内容としていたものである。特に、修理作業という仕事の性質上、作業床(足場)というものは、常設的には存在しないから、それぞれの設備、機械の修理箇所に応じて各修理作業を担当する班の班長以下の作業者が、各自の判断で、それを決定してゆくとともに、その責任においてその作業床の安全の確認をすることになっていた。したがって、本件修理作業に従事するに際しても、チェンカバー用鉄板を足場として必要であるのであれば、班長であった原告亥佐雄自身が、その安全の確認を行なうべきものであった。

また、保全係がチェンカバー用鉄板の異常を発見するべきであったとの原告の主張については、被告会社の保全係は、設備、機械類の点検、調整や工事管理をその職務内容とし、主として設備機械が効率よく安全に動作しているか否かを確認する作業に従事するものであるから、チェンカバー用鉄板がその本来の効用であるローラーテーブルチェンの被覆として十分であれば、保全係としては、チェンンカバー用鉄板が工事係仕上修理班の作業床となるべき箇所として安全かどうかを点検して現場引渡しを行なうことまでをその職務内容としていないのである。

被告会社は、班長任命予定者に対する全社レベルおよび事業所レベルの班長養成教育において、あるいはまた、日常実施される職場でのミーテンィグを通じて、くりかえし「作業内容の下検分」「作業上の安全面の指示、指導と確認」等の作業、安全管理業務の職務内容を周知、徹底していたのであるから、原告亥佐雄も、これらを十分熟知していたはずである。

従って、本件労働災害の発生は、原告亥佐雄が班長および作業担当者としての職責であった作業床の安全の確認を行なっていれば、十分に避け得たはずであるのにかかわらず、これを怠ったことに起因するものであるから、被告会社の安全配慮義務の懈怠を論じうる余地はないというべきである。

原告輝子の被告会社に対する債務不履行による損害賠償の請求については、原告輝子と被告会社との間には雇傭契約関係がない以上、雇傭契約上の債務不履行にもとづく損害賠償請求を原告輝子がなし得る筋合ではない。

4  同4(一)(1)(ア)の事実中、原告亥佐雄が昭和四七年一月三一日同人の同意のもとに班長職を解かれ、職務等級が七級になったことは認めるが、同人が受傷時月額金二万円の班長手当を被告会社より受給していたことは否認し、その余の事実は争う。原告亥佐雄が班長職を解任されたのは、従前からの持病であるとり目が原因であって、原告亥佐雄の本件労働災害による休業や後遺障害とは関係がない。

同(イ)の事実は争う。原告亥佐雄の後遺障害の程度は、労災保険法施行規則別表の第一四級であり、労働省労働基準局昭和五〇年九月三〇日付基発第五六五号別冊「障害等級認定基準」によっても、第一四級に該当するものであって、第九級に該当するとの原告らの主張は当を得ない。また、原告亥佐雄の後遺障害には機能障害、運動障害が一切存せず、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認めうる余地もない。

同(2)の事実中、原告亥佐雄が原告主張の病院へ入通院したことおよび福田病院を除く各病院の入通院の期間につき神鋼病院からの第二回目の退院日が昭和四六年一〇月二一日であることを除いて認め、その余の事実は争う。原告亥佐雄は性交可能であり、生殖器の機能障害による精神的苦痛は存在しない。

同(3)の事実は争う。原告らの請求が債務不履行責任を訴求するものである以上、損害の一項目として弁護士費用を請求することはできない。

同(二)の事実は争う。

三  抗弁

1  (過失相殺)

前記請求原因に対する答弁3記載のとおり、本件労働災害は原告亥佐雄の職務懈怠が重要な原因をなしていたのであるから、仮に被告会社に債務不履行もしくは不法行為の責任があるとしても、原告亥佐雄の右過失は損害賠償の算定上斟酌されるべきである。

2  (消滅時効)

(一) 仮りに原告亥佐雄が被告会社に対して債務不履行にもとづく損害賠償請求権を有したとしても、商人たる被告会社が被用者と締結する労働契約は商人の営業のためにするもので、それ自体商行為であり、右労働契約にもとづき被告会社が原告亥佐雄に対して負うべき安全配慮義務も商行為によって生じた債務に他ならないから、負傷時たる昭和四六年六月一〇日から起算して五年経過した昭和五一年六月一〇日の経過により時効消滅している。したがって、原告輝子が予備的に請求する債務不履行責任にもとづく損害賠償請求権もまた右同様時効消滅している。

被告会社は、本訴において右時効を援用する。

(二) 仮りに、原告輝子が被告会社に対し被告会社の不法行為にもとづく損害賠償請求権を有しているとしても、夫である原告亥佐雄の負傷時たる昭和四六年六月一〇日あるいは、原告亥佐雄が班長を辞任した昭和四七年一月三一日の時点で原告輝子は既に損害および加害者を知ったものというべく、これより三年を経過したおそくとも昭和五〇年一月三一日の経過をもって、右損害賠償請求権は時効消滅した。

被告会社は、本訴において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は争う。使用者が労働者に対して法律上ならびに労働契約上負っている安全配慮義務は、労働者の就労による危害発生を防止するため、不可抗力の場合を除き、万全の措置を講ずべき義務であり、これを労働者に転嫁することは法律上ならびに条理上許されないことで、本件労働災害の発生は請求原因記載のとおり、被告会社の安全配慮義務違反によるものである以上、原告亥佐雄自身の本件労働災害発生への寄与は認める余地がなく、過失相殺などする余地は全くない。

2  抗弁2の事実は争う。労働契約が商行為だからといって、これにより成立した賃金請求権、安全配慮義務違反の時効期間が商法によることにはならず、まして、安全配慮義務違反により生じた損害賠償債務の時効期間については、それ自体の独自の性質に応じて定められるべきものである。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者の関係について

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  本件労働災害の発生について

請求原因2の事実のうち、原告亥佐雄が、昭和四六年六月一〇日、被告会社の本件工場において、鋼材研磨機(ビレットグラインダー)の本件修理作業に従事したこと、同日午後二時三〇分ころ、原告亥佐雄が鉄板の角で尿道部を打ち、外傷性尿道損傷を受けたこと、本件修理作業は、ビレットグラインダー八号機の左右動油圧シリンダー取替作業であり、その作業中、摺動台の油圧シリンダーと摺動盤の穴を合わせるため原告亥佐雄がホイストを操作していたことは当事者間に争いがなく、争いのない右事実に《証拠省略》によると、次の事実が認められる。すなわち、原告亥佐雄は、昭和四六年六月一〇日当時、被告会社に雇傭され、被告会社の神戸製鉄所工作部工作課第三工事係第六仕上修理組第二仕上修理班の班長として、被告会社の神戸製鉄所内の各工場で機械設備の分解組立作業に従事していたものであるが、同日、被告会社脇浜鋼片加工工場(本件工場)内Cヤードにおいて、日修とよばれる修理作業の指示を第六仕上修理組の組長から受け、社外工二名を指揮して、ビレットグラインダー八号機の左右動油圧シリンダーの取替作業にあたっていたが、同日午後の作業は、午前中にはずした摺動盤を取付けるため、原告亥佐雄が社外工である川畑正寿とともに左右動油圧シリンダーロットを摺動盤の穴に合わすものであった。原告亥佐雄は、固定台上に乗り、川畑の合図に従って、ホイストを操作しながら、ホイストに吊られた摺動盤を上下左右にし、川畑において、右シリンダーロットを摺動盤の穴に合わせていたが、摺動盤の揺れを固定するため、摺動盤を吊ったホイストフックの芯を確認しようとして、右固定台より装入ローラーテーブルチェンカバー用鉄板に足許を確認しないまま、右足を乗せたとき、右カバー架台の受部溶接がはずれていたため、右鉄板が傾き、鉄板上に研削粉があり右足がすべったこともあって、集塵フード台車レール上に落下し、その際右鉄板の縁で股間を強打し、外傷性尿道損傷の傷害を被った。以上のとおり認めることができる。《証拠判断省略》

三  原告亥佐雄に対する被告会社の責任について

労働者は、雇傭契約にもとづいて、使用者の指定した労務給付場所に配置され、使用者の提供した設備、器具等を用いて、労務給付を行なうものであるから、使用者には右の諸施設から生ずる危険が労働者におよばないよう労働者の安全を保護する義務があるというべきところ、《証拠省略》

によれば、次の事実が認められる。すなわち、ビレットグラインダー八号機の装入ローラーテーブルチェンカバー用鉄板は、チェンとギヤが通っている部分に研削粉がかかるのを遮蔽するためのものであって、本来人が足をおくところではなく、長さ一メーター五〇センチメートル、幅二五センチメートル、厚さ三・二ミリメートル位の鉄板が約四一メートルの長さにわたり溶接とボルトの両方でとりつけられていた。被告会社の神戸製鉄所工作部工作課は、工事係、保全係、機械加工係に分かれており、工事係は製鉄所内の機械設備の修理整備を、保全係は機械設備が正常にかつ安全に働いているかどうかを点検することを主体にした機械設備の保全、管理を、機械加工係は機械の圧延、ロールおよびその機械加工、それと修理部品の機械加工をその職務内容としていた。工事係は、仕上修理組と鉄工組とに分かれ、鉄工組は、ガス切断ガス溶接、電気溶接による製かん作業、仕上修理組は、神戸製鉄所各工場の機械設備の日常修理、予定修理、不定期や突発緊急作業等の修理工事、または、建設、改造工事などの仕上修理作業を直接生産現場に出張して行なう業務を担当していた。仕上修理組の日常修理とは、ある工場を全面的に止めて機械設備の修理を行なうものであり、予定修理とは、半年に一回、あるいは一年に一回の割合で機械設備の点検整備、修理を行なうものであるが、その他に突発緊急作業等の修理工事があり、本件労働災害時の原告亥佐雄の本件修理作業は、ビレットグラインダーの日常修理で、三月ないし四月に一回程度行なわれるものであった。本件修理作業においては、その特質として、機械の周辺、機械の一部あるいは機械の上など平生は人の乗ってはならないところに乗って作業をするということもあり、本件労働災害後の対策会議においても原告亥佐雄が作業のためにチェンカバー用鉄板に乗ったことは特に問題にはならなかった。本件のビレットグラインダーの修理は、第四保全係の鋼片加工第三線材、三棒保全班から修理の要請が第八保全組組長を通して第六仕上修理組組長に出され、第六仕上修理組組長から第二仕上修理班班長である原告亥佐雄に作業の指示が出されたものである。仕上修理組が作業を開始するにあたっては、組単位で仕事の割付、修理日程、今後の仕事の計画というものにつきミーティングが行なわれ、安全面については災害速報の説明、安全百戒や安全心得の読み合わせなどを行ない、その後組長から割当てられた作業につき班単位でミーティングをして、作業手順、作業段取り、安全面の確保をうちあわせた上で作業にとりかかることとなる。仕上修理班班長の仕事の内容として安全衛生面については、部下を指導しつつ安全作業を率先実施するとともに、不安全行動、不安全状態の発見および是正につとめる、安全規則、安全心得、安全作業基準などの安全衛生諸規則の周知徹底について組長に協力するとともに、安全衛生意識の高揚につとめることがあり、具体的には、割当てられた作業周辺に安全上異常がないか、危険物はないか、上部は大丈夫かあるいは下部付近に開口部はないか、動力源の遮断が確実になされて赤旗がつけられているかなどの確認をしたうえで、作業を指示する。本件ビレットグラインダーの修理作業にあたっては、動力源の遮断と赤旗の設置、左右動油圧シリンダーの取替えについては、玉掛け作業の際、つり荷の下に入らない、ローラーの上に足を乗せないことの注意をなし、ホイスト、チェンブロックの安全確認、体の位置関係、手元足元の確認を作業に先立って部下に対する徹底をはかることが班長の職責であり、この職責について被告会社は班長任命予定者に対する班長養成教育によって指導、教育していたのであり、作業員に対しても常時人の行かないところでの作業をする時には自分の体を乗せる所あるいは上がる所の確認すなわち手許足許の確認をなすことについて平生指導教育を行なっていたが、原告亥佐雄もこの班長養成教育を受講していた。本件ビレットグラインダー左右動油圧シリンダーの取替作業においても組長から作業指示を受けた原告亥佐雄は下請工と作業の打合わせを現場で行ないその際危険箇所についての打合わせも行なった。以上の事実が認められる。《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、原告亥佐雄は被告会社に雇傭され、仕上修理班の班長として日修とよばれるビレットグラインダー八号機の左右動油圧シリンダー取替作業である本件修理作業に従事していたのであるが、このような修理作業にあっては、その特質として、平生人の乗ってはならない機械の上など本来作業するために人が乗るところではないところにも作業員が乗って作業しなければならないこともあり、このような臨時の作業床がどこになるかということは使用者である被告会社があらかじめこれを予測することは不可能であるから、被告会社においては作業員自身が足場を確認して自己の生命身体の安全をはかるべきであり、そのため班長は、作業を開始するにあたって、足元の確認を怠ることのないよう部下に周知徹底をはかることがその職責となっていたのである。そして、被告会社では、この班長の職責については班長養成教育で班長任命予定者に教育を行っており、原告亥佐雄も右職責についての知識は身につけていたものであるから、原告亥佐雄は班長として、また、作業員としても、本件修理作業にあたっては自ら足場を確認して労働災害がおこらぬよう注意すべきであって、被告会社には、個々の修理作業前に修理作業の際に用いられるかもしれない臨時の作業床まで予測してこれを安定させた上で修理を命ずべき義務はないというべきである。したがって、本件修理作業においても被告会社が原告亥佐雄に対し、チェンカバーが固定されず、不安定なままの状態で従業員に作業を命じてはならないという義務はなく、本件修理作業にあたって、原告亥佐雄に対し、特に足場の安全確認をはたすための具体的権限や条件を与える義務もなければ、チェンカバーの点検、修理を命ずべき義務もなかったということができる。また、被告会社の神戸製鉄所工作部工作課保全係の作業は、機械が正常かつ安全に働いているかどうかを点検することを主体にした機械設備の保全、管理を担当しているものであるから、保全係としては、チェンカバー用鉄板については、チェンとギヤ部分に研削粉がかかるのを遮蔽する本来の効用が十分であれば足り、それ以上に修理作業の臨時の足場になることまで予測して保全、管理しておかなければならないというものではない。保全係がチェンカバーの取付ボルトのゆるみや溶接のはずれを見落したからといって、チェンカバーがその本来の効用をはたしているものである以上、その職務を怠ったということにはならないと考える。本件労働災害は、原告亥佐雄が本件修理作業をするに際し、足許の確認をすることなく、右足をチェンカバー用鉄板上にのせたことに起因するものであって、被告会社には、本件労働災害について、原告亥佐雄に対する雇傭契約上の安全配慮義務の不履行があったということはできない。

四  原告輝子に対する被告会社の責任について

原告輝子の主位的請求は、被告会社が業務上の注意義務に違反して原告亥佐雄に外傷性尿道損傷の傷害を負わせたことによる不法行為にもとづくものであるが、既に認定のとおり、原告亥佐雄の本件修理作業中の本件労働災害に関し、被告会社に業務上の注意義務違反があったとすることはできないから、原告輝子の主位的請求は理由がなく、また、予備的請求についても、原告輝子と被告会社間に契約関係を認めるに足る証拠はないから理由がない。

五  結論

よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阪井昱朗 裁判官 岩井俊 小野洋一)

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